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大阪高等裁判所 昭和35年(う)1709号 判決

被告人 西田育弘 外一名

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴趣意は、記録にある被告人らの弁護人田中福一作成の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

所論はまず被告人西田育弘は裴次洙に対し原判示預り金二八万一千円を殺害当時すでに支払いずみで右債務は存せず、又被告人西田裕一は右債務について認識を有しなかつたのに、原判決が、右債務の支払を免れるために両被告人共謀して裴次洙を殺害したと認めたのは事実誤認であるというのであるが、原判決挙示の証拠によると、被告人西田育弘は、昭和三三年七月末頃から昭和三四年二月頃までの間に裴次洙の勧めにより、同人が窃取して来たものであることを知りながら、原動機付き自転車約九台の保管修理をし、一台につき四、五千円の謝礼を受けており、一方昭和三三年八月頃同人が盗品である原動機付き自転車を処分して得た金であることを知つて金二八万五千円を自己のため費消することを許されて同人から預かりその後間もなく同人から再三その返還を要求されたが、右金員はすでに自己の用途に費消して手許にないので要求に応ずることができず、同年一〇月頃に昭和三四年五月から毎月一万円づつ返済する約束をしたが、昭和三三年一一月頃裴の姉から右債務金について尋ねられてこれを否定する趣旨の答をしたことから裴が立腹し、同人から即時返済の請求を受けてその頃右一部の弁済に代えてテレビ一台(価格七万円相当)を同人に交付したのみで、残金の弁済をしなかつたので、同人は被告人育弘に対ししつこくその返済を迫り、同被告人が臓物の保管等に関係した弱身につけ込んで、三日に一度位の割合で同被告人方に来て、もし返済しなければ警察に知らせるとか、子供を連れて行つてやるなどと言つて同被告人及びその妻を脅迫し、同被告人はその度に酒を飲ませたり、洋服や合オーバー等を与えたり、利息代りに千円、二千円程度の金員を与えたりしてなだめていたが、昭和三四年三月一日の午前二時頃、同被告人の肩書住居に来て今すぐ返さなければ子供を連れ出してやるなどと言つて返済を迫るので、このままでは同被告人及び家族らが裴に殺されるかも知れないと思い、右返済を免れるためにも、先手を打つて殺害してしまおうと決意し、兄の被告人西田裕一方へ行つて金策して支払うと詐つて自己の運転する自動車に同乗させて同人とともに同日午前五時頃被告人裕一の肩書住居に到着し、同所においてかねて裴から右預り金の返済をしつこく要求されて困つている事情を打ち明け同人を殺害したい意図をもらしてあつたので右事情を知つていた被告人裕一に対し、裴の決意を告げ助力を依頼して賛同を得、両被告人共謀の上、判示のように伊勢の親類で金を借りて払うと詐り、被告人育弘の運転する自動車に乗せて同人を連れだし判示青山峠の道路上の右自動車の中で同人を殺害したこと、そして被告人育弘が裴に対し所論のように指輪、衣類、現金等を交付したことはあるが、それは右預り金弁済のために交付されたものではなく、裴殺害当時には少なくとも二一万五千円の債務が残存したのであり、被告人裕一も右債務の存在することを知つていたのであつて、被告人育弘が裴からしつこく右返済を要求され、これを免れるために両被告人共謀して同人を殺害したのであることが認められる。記録を精査してもこの点に関する原審の認定に所論のような誤りは見出せない。

次に所論は、本件殺害は被告人育弘が裴次洙に対し前記預り金の返還をしないときは、同人により被告人育弘及びその家族が殺害される危険に迫られ、これらの生命を防衛するためになされた正当防衛行為であるというのであるが、前記証拠によると、裴が被告人育弘及びその妻に対し前記のような脅迫的言動をとつたことが認められるが、記録を調べても殺害当時被告人育弘らに対する急迫の侵害があつたと認むべき資料は全然存在しない。

次に所論は裴次洙の被告人育弘に対する前記預け金債権は、前記のとおり贓品処分の対価を目的としたものであり、法律上の保護が与えられない不法のもので、事実上の支配関係にすぎないから、裴を殺害してその返還を免れたとしても、強盗殺人罪は成立の余地はなく単純殺人罪が成立するにすぎないのに、原判決が強盗殺人罪の成立を認めたのは法令の適用を誤つたものであるというのである。よつてこれに対し判断すると、贓品の対価であることを明らかにしてこれを目的として寄託契約を結ぶことは公序良俗に反し、右契約は民法第九〇条により当然無効であるとすべきであるから、寄託者は同法第七〇八条にいわゆる不法原因のため給付した者に該当し、右寄託金に相当する利益の返還を請求することができないことは明らかである。従つて前記預け金債権は法律上保護を与えられないものであることは、まことに所論のとおりである。しかし同条が不法原因のため給付した者は給付したものの返還を請求することができないとしたのは、受領者が給付物の返還を拒んだ場合、給付者は法律上の手段によつて返還請求をすることができないとしたに止まり、受領者が右利得を保持することを正当とするのでもなく又当事者間の事実上の返還を禁ずる趣旨ではなく、受領者が給付者に対する右事実上の返還を免れる目的で給付者を殺害したときは、刑法第二三六条第二項、第二四〇条後段の罪が成立すると解するを相当とする(昭和三五年八月三〇日最高裁判所第三小法廷判決、集第一四巻第一〇号一四一八頁参照)から、原判決が被告人らの本件行為を強盗殺人罪としたのは正当であり、原判決の法令適用に誤りはない。

次に量刑不当の所論について判断すると、前記預り金残高は僅か二一万五千円であつて、裴の追求が急であつたとしても同人を殺害しなければならなかつたとはとうてい考えられないこと、被告人育弘は裴の窃盗非行を積極的に利用していた形跡があること、被告人らが判示方法で裴を殺し、同人の所持していた判示指輪、時計、万年筆を窃取し、その死体をトラツクに入れて自動車に積んだまま被告人裕一方へ行きひと休みした後、更にこれを判示木津川堤防上に運んで電線等で縛りつけ、判示木津町大字市坂小字高座一六番地先の野つぼ内に投げ込れて遺棄した殺人、窃盗、死体遺棄の態様方法その他本件を起すに至つた経緯、動機等諸般の点から考えると、犯情重大であつて、被告人らに対する原審の科刑は相当という外はなく、所論の事情を考慮に入れても重すぎるとは考えられない。

以上いずれの点についても本件控訴は理由がないから刑事訴訟法第三九六条により主文のとおり判決する。

(裁判官 松村寿伝夫 小川武夫 柳田俊雄)

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